世の中、見渡せば箱に溢れている。大小、硬軟、貴賤、さまざまなものがあるが、では、箱の魅力の源泉はどこにあるのだろうか。 私が考えるに、それは可能性である。空間を切り取り、最大限利用してみせるという心意気がかたちとなって私たちに届けられたとき、その箱は輝いて見えるのだ。何かを容れるとは、そもそのようなものであるはずだ。 箱としての魅力から逃げたとき、それがいかに優れたデザインを有していようとも、どこか輝きがくすんでしまうように思われるのは私だけだろうか。
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| 文箱を例に説明しよう。もちろん右の方が空間を切り取る意識が高い。 |
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| 左側、底面と上辺とのなだらかな部分は空間を無駄にしている。 |
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| こうしてみれば一目瞭然。 |
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| 箱としてみなければ、すばらしい曲線です。 |
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一方こちらも、上辺のカーヴは箱としての自覚にやや乏しい。 蓋という相棒をはなから拒否しているではないか。 |
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| ややもすればこのだらしなさに通ずる。 |
お分かりいただけただろうか。
たまたま手元にあった文箱を例に挙げたが、むろんこれらは箱という名を持ってはいるが、箱とはそもそも違うジャンルに属しているのだから、これら自体に対する評価とはお考えにならないように(両方とも祖母の形見)。
(話がややこしくなるが、もちろん箱であるところの文箱も世の中にはたくさんある。小学生が持たされる筆箱もこの類であろう)